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岐阜地方裁判所 昭和54年(モ)1065号 決定

申立人(原告) 加藤耕二 外一九六名

相手方 国

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立人(原告。以下原告という。)らの申立ては、別紙文書提出命令の申立と題する書面記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

原告らは、別紙目録記載の文書は訴外人である国(建設省中部地方建設局、以下単に建設省という。)が所持するところ、いずれも民事訴訟法三一二条三号後段にいう原告らと文書の所持者である建設省との間の法律関係につき作成されたものであると主張する。すなわち、その理由とするところは、原告らの被告公団に対する本訴請求原因は、別紙「請求原因の要旨」記載のとおりであり、要するに、被告公団が建設しようとしている長良川河口堰の設置により、原告ら全員は、環境権、人格権を侵害され、また、以上に加え、原告中漁業協同組合、同組合員は漁業権ないし漁業を営む権利を侵害され、鵜匠、船夫、旅館業者はいずれもそれぞれのいわゆる営業権を侵害され、これにより、償い難い被害を被るから、右河口堰建設事業の差止を求めるというにあり、本件河口堰の建設は、被告公団と建設省が一体とならなければ遂行できない関係にあるから、原告らと被告公団との間に存する前記各権利侵害に基づく差止請求の法律関係は、とりもなおさず、原告らと建設省との間の法律関係にほかならず、したがつて、原告らと建設省との間にも、被告公団を相手とする本訴提起により、河口堰の安全性をめぐつて、被告公団に対すると同様な法律関係が成立しているものであるというにある。

よつて、以下原告らと文書の所持者である建設省との間に原告ら主張の如き法律関係が存するかにつき検討する。

原告らは、別紙「請求原因の要旨」の記載の全趣旨によれば、本訴において被告公団に対し、河口堰建設により原告ら主張の如き権利侵害があるとし、前記環境権、人格権、漁業権等に基づき、河口堰建設事業の差止を請求しているのであるから、これにより、原告らと被告公団との間に、右請求の如き法律関係があるということができる。そして、建設省と被告公団との間には、水資源開発公団法の規定上、被告公団の役員の任命、その業務等の面で密接な関係にある(同法八条、九条、一二条、一八条、一九条、二〇条、二〇条の二、二一条、二二条、二四条等)ほか、本件記録に徴すれば、被告公団と文書の所持者たる建設省との関係は、被告公団が建設省より豊富な河川情報を得て本件河口堰建設を立案し、建設省がこれを認可するという関係、また被告公団は建設省の河川改修計画に則つて河口堰を建設し、工事の実施も建設省と密接な連携を保たなければ遂行できない関係にあるなどが認められ、その限りにおいて、両者が法律上事実上密接な関係にあるということができる。しかしながら、原告らが本訴で求める河口堰建設事業差止請求の相手方は、建設省ではなく、あくまでもこれと別人格であり、かつ、その事業主体である被告公団であることはいうまでもないところ、右両者が建設事業実施の上で、同一視し得るとか、支配従属の関係にあるとかの根拠は見出しがたいから、被告公団に対する本訴が係属し、かつ、建設省と被告公団との間に前示の如き密接な関係があり、建設省が本件河口堰建設事業に関与しているからといつて、直ちに原告ら主張の如き法律関係が建設省との間にも存するとするいわれはない。その他原告らと建設省との間に、特段の法律関係の存在を肯認し得る資料もない。してみると、本件申立は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、却下すべきものとして主文のとおり決定する。

(裁判官 菅本宣太郎 三宅俊一郎 水谷正俊)

(別紙) 原告目録〈省略〉

文書提出命令の申立(期日外)

原告 加藤耕二ほか

被告 水資源開発公団

昭和五四年三月二日

原告ら代理人弁護士 由良久

清田信栄

小出良煕

溝口博司

岐阜地方裁判所 御中

一、文書の表示 別紙目録記載のとおり

二、文書の趣旨

1 長良川河川横断面図

長良川の横断面図であり、乙第一四号証のようなていさい(河床の形態測量時の水位、及びメモリ等が記載されている)をしている。

縮尺については、縦が1/100・横1/10000が正式な河川資料である。

2 長良川河川縦断図

長良川の縦断図である。

縮尺については、縦1/100・横1/1000である(乙第一五号証参照)。

3 長良川平面図

長良川の平面図で縮尺が一万分の一のものであつて距離標と位置(地名)の入つているもの。

4 長良川の河床年報

記載事項やていさいは、乙一〇一号証・乙一〇二号証のとおりであり、現況及び計画についての河川情報が数値化されている。

5 長良川河川改修計画表

(1)  記載内容は、乙第九九号証と同内容のものと思われる。

(2)  被告は、昭和三四年、三五年、三六年と連年計画高水流量(四、五〇〇T/S)をうわまわる出水があつたので、計画高水流量を七五〇〇T/Sに変更したという(答弁書第四の一の(一))。

その計画がいつできたかは定かでないが、おそくとも昭和三七年にはでき上つていたものと推測させる証拠がある。

それは、昭和三七年の河床年報(乙第一〇〇号証)の三〇km点の計画高水位をみると「九・六四」という数値が認められ、昭和四五年の河床年報(乙第一〇一号証)の三〇km地点の計画高水位「九・六四〇」と同じ数値を示している。そして、昭和四五年の計画高水流量は七五〇〇T/Sとなつているので、昭和三七年の計画高水流量も、記載はないが七五〇〇T/Sと考えられる。

6 計画断面堤防高等が記載してある河川横断面図及び河川縦断面図

(1)  現況の河道高・堤防高等が記載されているほか、計画の堤防高・高水位・河床高等が記載されている(縦断図については乙第一五号証参照)。

(2)  河川改修計画が立案される場合当然にこのような図面は作成されている筈である。また、本裁判では、昭和四五年の河川資料が使われているというのが被告の主張であるので、昭和四五年のそれも存在する筈である。そして、昭和四七年八月に、新たに河川改修計画が定められたのであるから(乙第九九号証)少くともそのころの図面もある筈である。

7 乙第八号証の一ないし三の作成に当つて用いられた河川資料

(1)  第八号証の一ないし三は、建設省木曽川工事事務所調査課長加藤志道の作成にかかるものである(作成年月日は昭和四九年三月四日)。

(2)  乙第八号証の三を作成するについては、河川横断面図、河川縦断面図及び粗度係数等の河川情報(乙一〇一号証に該当するような河床年報等)が必要であり、それに基づいて算出されている筈である。また、この計画が採用されなかつたのは「約一二〇〇棟に及ぶ家屋移転が必要」であるからだという(答弁書第四の一の(二))ので乙第八号証の作成される迄には、家屋の調査もされている筈であるから、当然その調査結果も含まれる。

8 長良川を河川改修計画に従つて浚渫し、堰を造らない場合の予想される塩害の被害額を調査算定した文書及びその算定の基礎となつた資料。

(1)  被告公団は、建設省の河川改修計画に基づいて、本件堰を設置するものである。即ち、公団・建設省の説明によれば、河口堰は、塩害を発生させないで河床の浚渫を可能ならしめる施設であるという。

もしそうであれば、どの程度の塩害が発生し、どの程度の被害額にのぼるかという調査及び算定が行われた結果、堰建設(建設費は、五〇〇億円とも六〇〇億円ともいわれる)が必要であるとの結論に至つているものと考えるのが普通である。

(2)  従つて、本件河口堰計画には必要欠くべからざる資料であるというべきである。

三、文書の所持者

建設省中部地方建設局

四、証すべき事実

1 別紙目録一ないし四の文書について

(1)  証すべき事実

(一) 現況河道でも計画高水流量が安全に流下し、現状では河道を浚渫する必要のないこと。

(二) 従つて塩水そ上は今以上に進まないこと。

(三) 被告公団が鑑定人に渡した資料が虚偽のものであり、これを用いてなされた鑑定結果は信用性を失つていること。

(四) 各種河川工学関係の鑑定が過去のデータに照らして信用性がないこと。

(五) 長良川河口堰が治水に役立たずかえつて有害であること。

(2)  河積増大の要因

(一) 現在河積が増大していると考えられるのは次の三つの要因があるからである。

(イ) 地盤沈下

乙第七二号証によれば、長島町白鶏においては昭和三六年二月から昭和五〇年一一月までの間になんと合計一五〇センチの地盤沈下がみられたという(六頁)。

地盤沈下の範囲は、長良川の三〇km地点辺りまでは達している(乙第七二号証の九頁)とすれば、浚渫予定区域は程度の差こそあれ、かなりの地盤沈下があり、浚渫したと同じ効果がある。

(ロ) 計画堤防高上昇傾向

しかも計画堤防高は、高くなる傾向にはあつても(乙第一〇一号証と乙第九九号証の一〇km地点など)堤防を低くするような計画もない。

(ハ) 砂利採取

しかも、乙第九四号証によれば相当量の砂利採取も行われている。

(二) こうしてみてくると河口堰計画が立てられたころの河積と比べて現在の河積が増大していることは明らかである。

現在の河積でも計画高水流量七五〇〇立方メートル/Sを流下させることができることは、本件文書から比較的容易に判明することである。

(3)  塩水そ上は、今以上に進まない理由

右に述べたように、現況河道を浚渫しなくてもよいのであるから塩水そ上も増大することはない。

(4)  被告が鑑定人に渡した資料が虚偽のものである可能性について

(一) 被告は、塩水そ上の計算に当つて計画河床高をごまかしている。

即ち被告の資料(乙第四〇号証の三の十二頁の図-二)と建設省の資料(乙第一〇二号証)とでは左表のとおり計画河床高が異る。

地点    一〇KM 二〇KM 三〇KM

被告(m)  -5    -3.1   -1.2

建設省(m) -4.635  -2.876  +0.187

即ち、被告は計画河床高を真実の計画よりも低めに装うことにより(三〇km点では一メートル二〇センチ余りもサバをよんでいる)、計画の浚渫を行えばあたかも塩水が内陸地まで深く侵入するようにみせかけている。

そして、被告は自己に都合のよい数値を鑑定人に与えている。

即ち、林鑑定四五頁、四六頁の図を読むと概ね被告の数値が用いられていることが判る。

(二) 被告は計画粗度係数をごまかしている。

即ち、被告資料(足立鑑定書昭和五二年付八頁の「公団採用の値」)と、建設省の資料(乙第一〇二号証)とでは、左表のとおり計画粗度係数が異る。

表〈省略〉

即ち公団の値は、建設省より高い値をとり、従つて水が流れ難くみせかけて洪水の水位を高くよそおうと画策している。

(5)  河川工学関係の鑑定の検証について

各種河床変動の予測は、過去の河川情報が豊富にあればある程これを検証して予測の精度を確めることができる。

本件文書が提出されれば各種予測(河床変動、塩水そ上、堰によるせきあげ高)が誤つていることが判明する。

(6)  前に述べたように、本件文書からは各種予測があてにならないことが判る筈であるが、それのみならず浚渫・堰設置を伴う改修計画は治水には有害であることが判る筈である。

2 別紙目録五及び六について

(1)  立証趣旨

(一) 各改修計画が、現状の河床状況等に適合せず、浚渫計画が誤つていること。

(二) 仮りに右各改修計画にそつて河道を改修したとしても本件河口堰が必要ないだけでなく、かえつて治水上有害であること。

(2)  各改修計画は、地盤沈下、過去になされた砂利採取などを看過して立案されており、粗度係数、堤防高の見積も不合理である。粗度係数、堤防高の見積も不合理である。そのことは、別紙目録一ないし四の文書の提出とあいまつて明らかとなる。

いずれにせよ、改修計画を実施しても河口堰が必要なく、治水に有害であることは判明する。

五、文書提出義務の原因

1. 本件文書は、いずれも原告らと文書の所持者である建設省との間の法律関係につき作成されたもの(民事訴訟法第三一二条三号後段)である。

2. 前項の趣旨を敷衍すれば、次のとおりである。

(一) 法律関係文書の意義

(1)  東京高裁昭和五〇年四月一八日決定

当該文書が、挙証者と文書の所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、文書の記載事項が挙証者と文書の所持者との法律関係に関連があるか、法律関係を生成させる前提過程あるいは法律関係が発生した事後において作成される文書も含まれる。

(2)  浦和地裁昭和四七年一月二七日決定

当該文書が、挙証者と所持者との間の法律関係にもとずき作成された文書である必要はなく、文書記載の事項が挙証者と文書の所持者との法律関係に関連があれば足りるのであつて、かような文書には、第三者との間の法律関係にもとずき作成された文書も含む。

(3)  東京高裁昭和五〇年八月七日決定

民事訴訟においても、およそ争点の解明に役立つ資料は、全部法廷に出されるのが理想であり、その理想を実現させるための方法の一つとして、民訴法第三一二条が設けられたものというべきであるから・・・民訴法第三一二条が設けられた趣旨から考えて、当該文書の作成目的が何であるかは、本規定の解釈には関係がない・・・本文書は、本件事故の発生情況及び事故原因を調査した結果を記載した文書であることは、抗告人の自認するところであるから、これには相手方ら主張の本件損害賠償債権の有無に関することが記載されていることは明白である。

(二) 法律関係のとらえ方

(1)  東京高裁昭和五〇年八月七日決定

本件訴訟は、国家賠償法に基づく損害賠償請求事件であるところ、本件文書は本件航空事故が発生した後に、その事故の概要、原因等に関して調査した結果を記載したものであるから、不法行為の要件事実の一ないし数個の存否に重要な意味をもつもので、民訴法第三一二条三号後段にいう法律関係に関連がある文書と認めることができる。

(2)  浦和地裁昭和四七年一月二七日決定

これを、本件についてみるに、被告が放射線を扱うことにより、一応危険物と認められる本件装置を設置したことにより、右装置が設置せられた被告会社付近の原告ら住民と被告との間に右装置の安全性をめぐつて、即ち原告らの身体、生命あるいは居住の安全・・・に対する妨害予防をめぐる法律関係が発生したものということができ・・・

(三) 原告らと建設省との法律関係

(1)  原告らは、建設省の立案した長良川河川改修計画に基づく、かつ建設大臣の認可に基づく長良川河口堰が、原告らの生命、身体、環境等にとり返しのつかない被害を与えるものとして、この建設を差止めようとしているのである。

(2)  ここにおいて、原告と堰建設の直接の担手である被告との間に、堰の安全性をめぐつて、即ち原告らの身体、生命、環境、生活、居住の安全に対する妨害予防をめぐる法律関係が発生しているものということができる。

(3)  ところで、被告と建設省との関係は、被告が建設省より豊富な河川情報を得て本件堰を立案し、建設省が本件堰を認可するという関係、また被告は建設省の河川改修計画に則つて本件堰を建設するという関係、工事の実施も被告は建設省と密接な連携を保たなければ遂行できない関係である。そのような被告と建設省が一体であるという関係を反映して、建設省関係者も本件訴訟に指定代理人として参加している。

また、本件堰についても、前述のとおり建設省の河川改修計画に基づくものであり、且建設大臣が認可したものである。

このように、本件訴訟及び本件堰の設置は、被告と建設省が一体とならなければ遂行できない関係はあるから、前に述べた原告らと被告との間の法律関係はそつくりそのまま原告らと建設省との間の法律関係をなすものといえる。

(四) 本件文書が法律関係文書であること

本件堰の安全性は、建設省の河川改修計画に基づくものであるから、各種河川情報及び河川改修計画、それに伴つて検討された事項によつてのみ裏付けられる関係にある。

即ち、本件で求めている文書はすべて、その種のものであるから、堰の安全性に密接不可分の関係にある文書ということができる。

つまり、本件差止訴訟の要件事実の一ないし数個の存否に重要な意味をもつものといえる。

(五) 立証の必要性

本件堰の安全性、必要性は本件差止訴訟の重要な争点である。

被告及び建設省は、実体的真実の究明のために、自ら進んで本件資料を提出し、堰の安全性、必要性を証明し、住民の不安の解消に努めなければならない公的責任を有している。

それにも拘らず、被告、建設省は原告らの度重なる請求を無視し続けている。しかも、建設省は、長良川を自己の独占的支配下におき、河川情報の一切を独占している。

したがつて、本件堰の安全性、必要性を判断する資料としては、本件文書以外はなく、唯一の証拠方法ということができる。

(別紙)

目録

一、長良川河川横断面図

1. 範囲 河口から五五kmまでのもので、二〇〇mおきのもの

2. 時期 昭和二三年度、同二八年度、同二九年度、同三一年度ないし同五二年度

二、長良川河川縦断面図

範囲、時期等は前項と同様

三、長良川平面図

最新のもので、一万分の一の縮尺のもの

四、長良川の河床年報

範囲、時期等は第一項と同様 但し、昭和四五年は除き、昭和三七年については、河口三〇kmより上流の分は除く

五、長良川河川改修計画表

長良川の高水流量を四五〇〇t/sから七五〇〇t/sに最初に変更したときのもの

六、長良川河川改修計画に基づく河川の計画断面、計画堤防高等が記載してある河川横断面図、及び河川横断面図、及び河川縦断面図で前項に対応するもの、及び昭和四五年のものと最新のもの

七、乙第八号証の一ないし三の作成に当つて用いた河川資料(河床年報、河川横断面図、縦断面図など)

八、長良川を河川改修計画に従つて浚渫し、堰を造らない場合の予想される塩害の被害額を調査、算定した文書、及びその算定の基礎となつた資料

(別紙)

請求原因の要旨

一 当事者

1 原告ら(ただし、原告赤須賀漁業協同組合を除く。)は、いずれも、長良川の流域に居住するものであり、かつまた、その一部の者は右原告漁業協同組合を始め長良川流域に存する訴外数漁業協同組合の各組合員であり、組合の有する漁業権にもとづいて、長良川において漁業を営む者であり、その他長良川における「鵜飼い」の鵜匠、船夫であつたり長良川畔の観光旅館の経営者である。また、前記原告赤須賀漁業協同組合は、長良川の下流部を漁区として、漁業法上第五種内水面共同漁業権等の帰属主体(組合員数三二一名)である。

2 被告水資源開発公団は、水資源開発公団法に基づき設立され、水資源開発促進法の規定による水資源開発基本計画に基づく水資源の開発又は利用のための事業を実施すること等により、国民経済の成長と国民生活の向上に寄与することを目的とする公団であり、長良川河口堰建設事業について、昭和四八年七月三一日付で建設大臣から、水資源開発公団法第二〇条による認可を受けた同事業の事業主体たる地位にある。

二 本件河口堰建設事業の概要

1 河口堰設置場所

左岸を三重県桑名郡長島町駒江地内とし、右岸を三重県桑名市福島地内とする長良川河口から上流約五・四キロメートル地点。

2 河口堰の仕様

型式 可動堰

総延長 六六一メートル

固定部分 (両岸の高水敷内) 一〇六メートル

可動部分

堰柱(固定) 一三本(一本当り巾五メートル)

計 六五メートル

ゲート 一二門

うち一〇門は、各門の有効巾 四五メートル

一門は、門の有効巾 三〇メートル

一門は、門の有効巾 一五メートル

の計 四九五メートル

3 溢流堤

長良川と揖斐川を分離する堤防(右岸堤)約四九五メートルを新設する。

4 費用およびその内訳

総額約金二三五億円(これには、建設省が別途施工を予定している河床浚渫費用は含まれていない。右のうち、六二・六%は利水に係る分で三七・四%は治水に係る分。)。

三 工事差止請求権

1 流域住民の環境権、人格権等に基づく差止請求権

(一) 原告らの内、大垣市、美濃加茂市に居住する原告以外の原告は長良川流域に居住し、且つ生活圏としているのでその護岸施設により洪水からの安全を保障されている。従つて、これら原告は「護岸施設による洪水時の安全保障」という人格的利益を享受していることになる。従つて、又これら原告にとつて、「護岸施設による安全保障」が後記のとおり人為的原因によつて、おびやかされる場合は、その原因を作ろうとしている者(それが、たとえ河川管理権を有する国であろうと、又被告であろうと)に対して、生命身体の安全という人格的利益を守る為に、人格的利益を内容とする環境権、人格権に基づいて、その差止を請求し得る。

本件堰建設に伴う護岸施設による洪水時の安全保障に対する侵害は次のとおりである。

(1)  浚渫による分

被告は、「長良川の洪水時の計画高水流量を高める為に、河床を浚渫する必要があり、その浚渫にともなう塩水遡上を防止する為に河口堰を設けるもの」であることを強調しているから、河床浚渫は長良川河口堰工事と不可分一体の形で行われるものと認められる。

そして建設省は河床を二~三年の間に一、三〇〇万立方メートルも浚渫すると説明している。

然しながら下流部の沈積土砂一、三〇〇万立方メートルを三年間に浚渫除去すればそれにともない、上中流部の河床土砂が右浚渫部分へ向け流下移動することになり上流部の河床が急激に沈下し、これにより沈礁の崩落、堤防基礎の破壊を招き、結局、洪水時に破堤する結果となり流域住民の生命身体財産が危険に曝されることは明らかである。

(2)  堰設置による分

(イ) 堰固定部、堰柱による流水阻害

堰の設計図を見ると、堰の総延長六六一メートルのうちで如何なる洪水にも固定される両岸の堰固定部は一〇六メートル、堰柱巾五メートルの一三本分合計六五メートル、以上の合計一七一メートル、即ち総延長の約三・六分ノ一が、流水阻害をすることとなる。これは川巾を三・六分ノ一だけ狭めることと同じである。このことは洪水時に堰上流部の流れを少くとも三・六分ノ一低下させることになり、それだけ滞水時間が延長され、海抜〇メートル地帯をはじめ、上流部の堤防の下をくぐる浸透水の激化を招来し、或は、破堤の危険度を増大させる。

(ロ) 下流部の水位上昇による自噴水等の被害

いわゆる輪中地帯では、堰設置により右地帯における長良川水位が常時T・P一・三メートルに保たれることになり、常時自噴水の多発、流域の湿田化、内水排除(現在でも動力による強制排水にたよつている。)の困難化を増大させ、右地域の住民の生命、身体、財産、健康に重大な被害をもたらし、洪水時における右住民の生命、身体、財産に及ぼす危険は倍加される。

(ハ) 堰下流部における水害の危険

堰は、その上流部を一部ダム湖化し水位をT・P一・三メートルに維持することが常態化すると、洪水時にはこの水位上昇分に相当する湛水が、堰開放と同時に一時に流下して下流部に水害をもたらすか、或はこの水が、増水した上流部の流水の疎通を妨げ上流部に氾濫をもたらすかのいずれかの被害の発生が危惧されるのみならず、高潮、満潮時には堰下流部を逆流してくる海水が、堰によつてさえぎられ、それが両岸に押し寄せることにより、溢水、破堤を招き、堰下流部の流域住民の生命、身体、財産を危険におとしいれることになる。

(二) 原告らの内(一)に述べた範囲の原告は、長良川の伏流水、地下水より取水される生活用水により、その生活を営んでいる。このような生活用水が、これら原告の健康で文化的な生活を維持していく為に不可欠なものであることはいうまでもない。そして、伏流水・地下水を生活用水の水源となし得る居住環境を、これらの原告は長年にわたつて享受してきた。又逆に長良川の伏流水、地下水が、これら原告の居住環境を決定してきたと云つても過言ではない。

しかし、長良川河口堰が建設されていない現在でさえ、砂利採取による河床沈下によつて長良川の水位と地下水位の低下は甚しいものがある。長良川本流の水位の低下によつて、長良川の伏流水を水源としている岐阜市の上水道は、鏡岩、雄総両水源地ともしばしば採水用井戸をより太く、より深く打替え、汲みあげポンプの馬力もより強力なものにせざるをえなくなり、その都度莫大な設備投資をくりかえしてきている。

このような状態にあるところへ、更に一、三〇〇万立方メートルもの土砂採取が僅か二、三年間で行なわれれば、上流部の河床土砂は、浚渫部分に流下移動を始め、上中流部における河床沈下は、更に加速され、近い将来岐阜市付近の地下水、伏流水が枯渇するであろうことは明らかである。原告ら流域住民にとつて、地下水、伏流水より得ている生活利益は、はかりしれないものがあり、これが一、三〇〇〇万立方メートルの河床土砂の浚渫によつて、危機にさらされようとしているとき、流域住民は、被告によつて十分納得のいく根拠を示した説明がない限り、居住環境の不当悪化として、そのような原因を作ろうとしている被告に対して、環境権に基づき本件河口堰工事の差止を請求し得る。

(三)(1)  原告らすべては、長良川の恵まれた自然環境を享受している。その恵まれた自然環境が原告らにもたらす恩恵ははかり知れないものがある。

即ち、長良川は「自然河川」「文化河川」として自然的、文化的価値を秘めた全国的にも類稀な河川である。しかも長良川の水質は、下流に行くに従つて漸次汚染されていくものの未だ良好な状態に保たれている。

然し堰が河口に設置されることにより長良川は、その喉首を締められた形となりその自然的生態は大きく変化し自然河川としての価値は著しく減ずることになろう。堰設置により、堰の上流部ではアシ・ヨシ等の植生が河川敷内に繁茂する中を洋々として流れる大河の趣は、一変し、コンクリートの堤に囲われた汚水を貯水した水がめと化す。

これまで雄大な景観に心のいこいをもとめてきた流域住民は、この優れた居住環境を不当に奪われることに対しどこにその補償をもとめることができるのであろうか。それはただ国家によつて恩恵的に与えられてきた環境利益に過ぎなかつたのであろうか。

(2)  更に堰設置により堰上流部がダム湖と化する事により長良川の流速は極度におちることは明らかである。

一般に河の流速が速ければ速い程土砂を下流に運搬する力が大きい筈である。流速が落ちれば落ちる程その力は弱まり上流より運搬されてきた土砂は下流の河底に堆積する。

ところで長良川は中流において人家や工場が多い。従つてその付近において本川に流入する支川は、これら生活汚水、工場排水を本川に流しこむ。現にこれら合流地点では、水が滞留しているためにヘドロが堆積し、メタンガスのアワがどす黒い水面に吹き出している。幸い本流の中心部は流速がある為にこれら汚物を下流に運搬しているのでヘドロは堆積していない。

然し、堰設置により本流の流速が落ちれば、これら汚物はもはや流れによつて運搬されることなく、河底に沈下し堆積し、ヘドロ化することとなる。特にヘドロは粘着性があるため河底に堆積すると土砂と異り洪水をもつてしても運搬される事は困難である。

(3)  その為、清流を誇つた長良川は、汚染を重ね、景観を著しく損なうばかりでなく、魚族の生育環境を奪われ、後述の堰設置による遡上降海魚の減少と共に上流部に至るまで魚の住まない河川と化し、釣人が竿を林立させることもなくなるであろう。天下に誇つた長良川の天然鮎は死滅し、長良川流域の伝統の鵜飼もその漁火を消すこととなろう。

これら、流域住民が長良川より長年にわたり受けてきた自然の恵みは、経済的にその価値を算定する事が困難なるが故に、堰の経済的効用と対比される時、無視されがちであり、流域住民の長良川に対する愛着は一笑に付せられ勝ちである。然し、長良川の自然河川としての価値は一旦うしなわれればもどつてくることはない。

(4)  我々が自然の価値を低く評価し、経済性をこれに優先させるとき、我々自身自分の人間性の価値を低く評価していることを知るべきである。現代は、既に経済開発の時代を過ぎ、その反省期に入り、価値観の転換が叫ばれている時代であることを看過してはならない。

(5)  右のとおりの長良川の自然破壊に対する流域住民の危惧は、根拠のないものではなく、既に利根川河口に建設されている常陸川の逆潮堰、利根川河口堰においては現実のものとなつている。即ち既に霞ケ浦は昔日の面影をとどめず、その景観はそこなわれて汚染が著しく、昭和四八年夏には漁族大量酸欠死事件を惹起している。

右のとおり、本件河口堰事業によつて、これら恵まれた自然環境がそこなわれ且つその復原が不可能になる事は明らかである。

よつて原告ら全員は環境権に基づいて、その差止を請求する。

2 漁業協同組合の漁業権に基づく差止請求権および同組合員の漁業を営む権利に基づく差止請求権

(一) 岐阜県下漁協組総数三二組合、その組合員数四万七、二〇六名(以上昭和四八年一二月二五日本訴提起当時)中、長良川本支流を漁区とする漁協組は八組合(組合員数一万五、三三〇名)で年間漁獲高一〇億円にのぼり、また三重県赤須賀漁協組(組合員三二一名)は、年間五億五、〇〇〇万円の収穫を挙げている。

(二) ところで、右岐阜県八漁協組の漁獲高のうち、例えば鮎のそれは、年間五億二、三八七万円にのぼる。

(三) 「長良川の鮎」は全国にゆき渡つた名前である。その理由はこの川の鮎が、古い昔から鵜飼の対象として宣伝されていたことにもよるのであろうが、またこの川が山紫水明の景観をそなえ発電えん堤や工場汚水にわざわいされない自然の川で、いわゆる天然鮎が上流から下流まで豊猟であることにもよる。古来鮎の産地として名前の知られている河は数多いが最近はこれらのいずれの河川においても、水力発電事業や各種の工場が流域に建設されて、生活環境はいちじるしく悪化したため、鮎の生産量は激滅している。例えば神通川では河口近くに設立された工場からの排水と数ケ所に建設された発電用高えん堤によつて、鮎の棲上棲息はほとんど絶望視されている。このような現象は多少の差はあつても全国の河川に共通で遡河の性質をもつ鮎の生産は減少の一路をたどつている。

この点長良川は終戦前はかなり広い宮内省の御猟場があつて、一般の漁猟は禁止され、水力発電による河の遮断や各種工場からの汚濁水の排出も少なく、自然河川として比較的よく保護されてきた河である。したがつて他の多くの河と異つて、海から遡上した天然鮎が現在でも自然条件の許すままに棲息し、生長や味の点からみて他の河にまさり、またその生態の研究などには最適の河である。即ち、鮎は鮭鱒族と同じように元来遡河魚であつて河川の中下流で産卵し、これより孵化した稚魚はいつたん海に下り、さらに河川にさかのぼつて成長成熟するのであるが、長良川はダムえん堤が上流、中流、下流を通じて全くなく、その点において、先ず遡河魚である天然鮎の生息環境に適している。又長良川では、鵜飼その他の関係から鮎の重要性が特に認識され、明治一三年遡上鮎の捕獲期間の制限が設定され、同二三年宮内省御猟場の設定に伴い同年の禁漁区とされたり、また県当局による漁業規則の制定、漁具漁法の制限、鮎の天然産卵場の保護などの方策にみられるように古くから各種保護の方策が講ぜられてきた。

(四) 岐阜県下八漁協組は、漁業権者として水産動植物の増殖という漁業法上の義務を遂行する為に、自然鮎の保護のみならず、鮎の人工孵化放流、琵琶湖産小鮎の移植放流等鮎の増殖に、巨額の経費と労力を費してきたのである。

ところが、本件河口堰が設置されれば、鮎その他遡河性魚類、降海魚の遡上降海が遮断され、長良川は天然鮎やその他の遡河魚降海魚の生息する環境としては全く不適となり「長良川の鮎」は遠い昔の語り草となるであろう。

(五) 本件河口堰設置によりその上流部では流速が落ち、その為河の自然浄化作用が低下してヘドロ化が起きることは前述したが、このヘドロ化により魚族の生育環境が奪われ、その殆んどが生育繁殖が困難となり、遡河魚降海魚の死滅を招くことになる。

(六) 堰下流部においては、水流は塩水化し、原告赤須賀漁業協同組合が養殖している海苔の収獲が激滅し、塩水化と堰下流部の流量の減少によるヘドロ化によりシジミ、ハマグリ、アサリ等の漁獲高が激滅する。

(七) 従つて、本件堰設置は、原告らの内の漁業協同組合及び同組合員が、共同漁業権ないし漁業を営む権利を行使するのを妨害することとなるのみならず、共同漁業権者たる原告漁業協同組合が漁業法にもとずいて魚族の増殖をはかる義務を遂行することさえ妨げることとなる。

よつて右原告らは、右共同漁業権等に依拠してその妨害の予防を請求する権利がある。

3 鵜匠、船夫、観光旅館経営者のいわゆる営業権に基づく差止請求権

(一) 鵜匠、船夫、観光旅館経営者は、岐阜市の観光資源である鵜飼に依存しているが、本件河口堰建設により鮎の遡上降海が妨げられ、又河のヘドロ化により鮎の生育環境が損われて鮎の生育増殖が、著しく妨げられることは既述のとおりである。そのことは、とりもなおさず鮎に依存している鵜飼の衰微を招くこととなる。これは、一、〇〇〇余年の伝統と技術を誇り、海外にまでその名を知られている長良川の鵜飼の終末を意味する。

長良川の鵜飼は一、〇〇〇余年にわたり各時代の鵜匠によつて営まれ、更にその伝統技術はその次の時代に承け継がれ現在に至つているものであり、各時代の為政者によつて、その歴史的、文化的価値を高く評価されて保護を受けてきたものである。

ところが、現在、一公団である被告の着手せんとしている本件河口堰建設工事によつて、「長良川の鮎」という自然の恩恵を断たれることによつて、この貴重な民族的、文化的遺産は永久に消滅しようとしている。

従つて鵜匠である原告らは、自分の生業が、鵜飼という国民の文化的遺産を担つている以上、その生業が依存している長良川の自然環境が不当に悪化される場合は、これを防止する権利があると同時にその責務があるというべきである。

(二) 船夫、旅館経営者である原告らは、その生業が長良川の鵜飼に依存し、その鵜飼が、更に長良川の鮎に依存しているから、被告の本件堰設置行為によつて長良川の鮎の生育増殖が不当に妨げられる以上、その妨害を差止める権利がある。

4 権利侵害の違法性

被告による長良川河口堰建設事業の実施は、以上のとおり、原告らが有する諸権利を侵害する違法なものであることは明らかである。

さらには、次の理由によつても、違法であつて到底許されないものである。

(一) 本件河口堰建設事業にはいわゆる公共性は存しない。すなわち、被告は、

(1)  長良川の計画高水流量を従来の四、五〇〇立方メートル/Sから、七、五〇〇立方メートル/Sに改訂(三、〇〇〇立方メートル/S増量)する必要がある。

(2)  長良川上流、中流部では、「引き堤」および「堤防のかさあげ」によつて、右増量が実現したが、下流部においては、未完成で、これを達成するためには、河床浚渫の方法以外にない。

(3)  河床浚渫は従来の河床勾配を基本的には変えず河床最深部の拡巾並びに、河床凸部の除去という方法による。

(4)  かようにして浚渫を要する土砂量は一、三〇〇万立方メートルである。これが除去によつて、下流部における計画高水流量を三、〇〇〇立方メートル/S増しうる。

(5)  しかし、このように浚渫すると、従来でも、ひどかつた河口部から一五キロメートル上流部地域にまで及んでいた海水遡上による塩害が更に河口から上流三〇キロメートル地域まで拡大する。

(6)  そこで、この海水遡上を防止するために河口堰が必要となる。

即ち、河口堰は、塩害を防止しつつ、前記浚渫を可能ならしめる必要不可欠の前提であつて、結局長良川の洪水時における水災害防止の為のものである。

として、本件河口堰事業は公共性があるという。

しかし、この一見まことしやかに論理の中には、前提事実並びに科学的根拠に幾多の疑問を内包し、かつ、他面において著しい論理の飛躍がある。

すなわち

(1)  計画高水流量改訂の必要性とその限度の根拠が薄弱である。

(2)  上流、中流部で可能であつた「引き堤」「かさ上げ」方式が何故下流部で不可能か?

(3)  道路の新設、付替え、鉄道敷設等でもその用地が必要とされ、民家等の立退きがやむをえない場合が多く、本件河口堰工事が被告のいう様に真実治水のためのものならば、用地買収、民家立退きは、それこそ正当な補償のもとに実現されるべきである。

しかるに、本件の場合のみ、安易にこれを理由に、直ちに、河床浚渫が唯一最良の方法であるかのように結論づけるのは何故か?

(4)  長良川について、従来海水遡上による塩害がひどかつたというが、およそ全ての河川は最終的には海に注ぐといつてよよく、いおば河川の河口部における共通現象であつて、長良川だけが格段に塩害がある訳ではない。

被告の論理に従えば、手近かくは捐斐川、木曽川、さらには日本全国の河川の河口部に河口堰が必要となろう。

(5)  被告の主張では、直接的には河口堰が塩害防止の為必要であり、間接的に浚渫が可能というが、果してそうか?

何故河口堰が必要か、当初の段階では堰だけ作つて、浚渫をしない計画でなかつたのか?

又、百歩をゆずつて、浚渫を必要とするとしても、堰を作らずにおくと何故悪いのか?

(6)  被告のいうような浚渫の実施方法が技術的に果して可能かどうか?、又かりに可能としても何故海水の遡上がさらに一五キロメートルも上流部に及ぶのか?

又かりに及んだとしても、被告のいうように堤防内外に「ブランケツト」や「承水路」を設置すれば、塩害は生ずべくもあるまい。

尚それでも塩害が生ずるとしても、そのことから、河口堰必要に直結するのはおかしい。

他の有効な方法を考えるべきである。

(二) 本件河口堰は長良川の「利水」を中心目的とするもので「治水」効果はない。

「一本の葺は一石の流水を遮る」といわれるほど、流水中に立ちはだかる石塊、橋脚、杭などが、円滑な流下を遮る効果は著しい。前記のように、六六一メートルの全川巾のうち一七一メートルもの固定障害物を設けながら、殆んど流水阻害にならぬと強弁するが、真実そのように信じ込んでいるとすれば、大問題である。河口堰建設が「治水」目的であるとは、まさしく、後になつて付加した偽瞞である。

原告らは「利水」を全面的に悪いとはいわない。特定企業や一部利権にのみ使用されず、公共一般のための「利水」ならば、即ち正当な水需要を満すものなら、その限度と方法を誤らねば、社会性も公共性もあろう。企業や特定需要のために、できるだけ河口近くに良質で安い水を大量に入手するために、一大淡水ガメを作ることをもつて「河川の正常な機能を維持」するというが、全く唖然たらざるを得ない。被告の計画は一見そつなく見えても真実は全く、つぎはぎである。

(三) 河口堰の実効の不確実さ

本件河口堰は被告のいうところでは、「治水」と「利水」の一石二鳥を期したいといわゆる「多目的ダム」(尤も被告はダムという用語をつとめて避けているが……)の一形態であろうが、全国に多目的ダムは既に多いが、それらは殆んど上流、中流部に設けられ、河口部(最下流部)では、利根川河口堰に次ぐ二番目のものである。

机上論、理論上における段階でも、ことさら高度の専門技術的見解によらずとも、いわゆる素人の実感的見解でも多大の危惧を感ずること叙上のとおりである。かかる冒険的試みは、未だその有効性、安全性が実証されていない。むしろ第一のモルモツトともいうべき利根川河口堰では″果せる哉″という態で欠陥が露程され、実証されている。このような不確かな理論と計画で本件河口堰が実現し、これによつて危惧された災害が発生したとき一体誰が責任をとるのか?不可抗力とかの責任転嫁は許されない。原告らは、長良川が第二の利根川になるのを拱手傍観できないし、薬事行政面でのサリドマイド禍の轍を踏む訳にはいかない。

(四) 河口堰の代替性について

叙上のように「治水」と「河道浚渫」は必然的に結びつかないし、「河道浚渫」と「塩害拡大」も然りであり、さらに「塩害拡大」と「河口堰必要」も誇大歪曲であつてみれば、「治水」と「河口堰」の連関も薄れるが、かりに、長良川について、被告や建設省が伊勢湾台風等一連の水害後十数年を経過した現時点ど、遅まき乍ら治水に乗り出すというのであれば、もつと安全性の高い有効性が実証されている代替的方法がいくらでもある。被告の論理は河口堰設置という結論は予め設定してこれに至る形式的理由づけを整えているに過ぎない。

(五) 利益均衡(受忍限度)

原告の本件堰設置の真の目的は、企業により早くより安い真水を供給することである。かかる意味での利水と人命、生活環境とを天びんにかけた場合いずれが重いかは、改めて言うまでもないであろう。

(六) 説明義務懈怠

(1)  被告が行おうとしている本件河口堰建設工事は、その真偽の程はさておき、被告の説明によれば治水目的の工事というのである。即ち、被告は洪水の疎通をスムーズにする目的といいながら逆に河口付近で堰によつて水をせき止めようというのである。

これは一般通常人の理解を越える不可解な理屈である。殊に岐阜市内の金華橋建設に際し、建設省が流通障害となると称して当初の計画より橋脚を一本減らすよう設計変更を命じた事実を知る者には被告-国側-の御都合主義に多大の疑問をいだくのみならず、本件堰により川幅の三、六分の一をせきとめることによるはかりしれない洪水の危険に慄然となるのはむしろ当然というべきである。

(2)  問題はそれのみではない。本件堰により川として一番重要な部分である河口を締切つてしまうことにより長良川の生物群(特にアユ、伊勢湾の生物群(特にのり、桑名のハマグリ)にもたらす影響はそれらを生活の基礎としている住民にとつては深刻である。

(3)  また、長良川程の規模の河川で、下流から上流まで一つのダムもない川は世界的にもたぐい稀で日本生態学会は自然河川第一号に指定するよう政府に勧告していることが物語るように学問的にみても貴重な川である。のみならず、文化的にも長良川を背景にさまざまの歴史が展開され、まさにこれらの文化的、自然的遺産は、祖先から受け継ぎ子孫に伝えるべき価値を有している。本件工事はその長良川の川としての自然(生態学)、文化的価値に著しい変化を与えようとしているのである。

(4)  上流洪水調節ダムが存在しない河川に河口堰を設置したという前例がないこと-本件のようなケースがないこと-、利根川河口堰の事例(これは上流に洪水調節ダムがある)でも判るように、被告が堰設置前に被害発生はないと断言しても堰設置後は被害は現実に発生していること、しかも何の補償もしていないこと、等々の事実は、原告らの前記不安を一層大きく深刻なものとする。また、被告が強調する塩害についても今迄塩害の程度規模が公表されたこともなく、塩害防止の住民運動も存在しないことから、被告に対する住民の疑惑は一層広まる一方である。

(5)  原告らは現にこうした危機感、疑惑をいだいているのであり、こうした危機感、疑惑をいだいているにはそれだけの合理的な根拠がある。

それにも拘らず被告-(ないし国=建設省)は、原告らの不安を解消するような合理的説明を何ら行つていない。即ち被告は昭和三四年ごろより本件堰建設の構想をもちながら、長年に亘つてその構想を公表せず、秘密裡に計画を進め、流域住民がそれに気ずいて騒ぎたてるや、治水目的を正面に掲げるのみで何ら具体的に住民の不安を解消する程度の説明を行わず、あまつさえ善良な漁民をだまして長良川の資源調査に協力させ、また建設大臣の本件工事認可後にも、説明会と称して数箇所で、しかも地方自治体の理事者クラスに対してのみ形式的な報告をしただけである。

そうした不信にみちた被告の態度にゴウをにやした住民が本件堰の建設差止の仮処分申請事件を通じて被告より納得のゆく説明をきこうという意味で被告に幾多の疑問点を呈示しているにも拘らず、今のところ被告は、住民の当然の疑問に対しても、答えようとはしていない。

(6)  被告は、本件堰を建設することにより長良川の現状に変更を加えようとしている者である。そして右堰建設により前記のとおり具体的な被害が発生することは合理的な疑いがあり、かつ右被害は人命に影響する重大なものである。

こういつた現状にある限り、被告において本件堰建設による住民の危惧を具体的にとり除かずしては、本件堰建設に着工すべきではない。このことは、民主主義のルールを持ち出すまでもなく自明の理といわざるを得ない。被告が、国家権力を背景に本件堰を建設しようというのなら尚更のことである。

四 結論

以上の次第で、原告らは、被告に対し、原告らの環境権、人格権、漁業権、その他いわゆる営業権等を違法に侵害せんとする被告の本件河口堰建設工事につき、差止請求権に基づきこれが実施の不許を求めて本訴請求に及ぶ。

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